1994年春、大阪にて結成。以来毎月2〜3本のペースでライブ活動を行う。各種イベントにも参加。
1996年、ミニコミ雑誌「ジャングルライフ」主催のオムニバスアルバムに1曲参加。「祭の夜」という曲で3分サイズの組曲で当時のバンドサウンドを簡潔に、かつ分かりやすく捉えることが出来る、なかなか画期的な仕上がりを見せているんではないでしょうか。
1997年、大阪で活動するビート詩人シンガー、正垣祐樹のアルバム「風邪の唄」に全面的に参加。正垣とのコラボレーションによるライブ活動が話題となる。オルタナ・カントリーで有名なウィルコやREMといった感じでしょうか。

ファースト「永遠の蒼」リリース。
ウェストコースト・サウンドやハードなブルージーナンバー、ブリットなどを凝縮したイメージがあります。
中でも収録曲「雨天決行」は当時の代表曲で、大阪のコミュニティFM、(吉本興業)YES−FMのインディーチャートで11週連続1位をキープし、オンエアー・ライブもこなす。
とにかくレコーディングが好きで、ファースト以前にも膨大な数の音源があります。それらをまとめた限定盤、「解凍」もこの頃リリース。

セカンド「泥水と清水」リリース。
これは金字塔とも呼べる言わばこれまでの集大成的アルバム。
各方面から大絶賛を頂いております。まさに20世紀にケリをつけるといった感じがします。
しかしこのアルバム完成後、ギタリストのワズ君が脱退。

2000年に入るやいなやバンドの宅録作業が始まった。
今まではレコスタでやってたのが、今度は自分達のジャンクセッションをPCの画面上で切り貼りしだしました。
これはハマったなぁ。終りなき作業。
60年代後半にビートルズとかザッパがPRO-TOOLS持ってたら、えらい事になってたんちゃうか?
サード「ピーターパン症候群」とマキシシングル「BROTHER SOUL & SISTER CANDY」を同時リリース。

アメリカはサンディエゴに住むベン・ムーアーという男が僕達のセカンドを聴き、いたく感動したとか。
でレコーディングさせんかぃ!っちゅー事で行ってきました。(後で知ったが彼はロケット・フロム・ザ・クリプトのプロデューサーで、彼の叔父は70年代のスワンプロックのプロデューサー、ダニエル・ムーアーだった。)
素晴らしい環境の中でレコーディングとライブ数本、なかなかよい経験だったです。ライブはこれまた良い反響。3ピースの限界にせまるって感じになってきた。
アメリカ録音の「ひまわりの種」リリース。
メンバーの身辺整理、財政難などの理由によりライブの本数は一時激減でしたが、内容はどれも外れ無しのクオリティーだった。秋に加奈崎芳太郎(元古井戸)、年末に橋本はじめ(元Q/C)のバックを勤め、東京にてワンマンも好評でした。

約2年振りの新曲制作。ツアー、そして再渡米。
L.Aにて数回、NYのCBGBにてライブ。
題して「OH! BOYツアー」無事終了。
そしてレコーディング。
2006年、春には5枚目のアルバム「OH! BOY」リリース予定!と思いきや、録音内容に満足がいかず全曲をお蔵入りにする。

ギタリストに山崎保が新加入。心機一転、再渡米し一日で10曲を完全録音!
CAPTAIN"ROOTS"リリース
以後、なんでもやる4ピース・ロックバンドとして元気に活動しています。
